現在、東大工学部に在籍する私(山口裕祐)の原点は、ここ星野村の自然の中にありました。
特別な教材がなくても、学びの本質は「夢中になること」にある。私の小学生時代の実体験をお話しします。
幼少期〜小学校時代
私は福岡県八女市星野村で生まれ育ちました。地元の清香園保育園、星野小学校に通い、毎日山や川を駆け回る活発な子供でした。
小学校時代の思い出として特に印象的なのは、初めて自転車を買ってもらった時のことです。高低差のある畑の中を走り回り、何度も転んで擦り傷が絶えませんでしたが、毎日日が暮れるまで外で遊んでいました。
昼休みは小学1年生から6年生まで、ほぼ毎日サッカーをしていました。放課後や休日は、川でサワガニや魚を捕ったり、山でカブトムシやクワガタを探したりと、とにかく好奇心旺盛な日々を過ごしていました。図鑑を眺めては「この虫、自分の周りにもいるんじゃないか」とワクワクしながら野山を駆け巡っていました。
中学受験への挑戦
小4〜小5夏:塾通い開始
小学4年生から、久留米市内の中学受験塾に週2回通い始めました。星野村から往復2時間、両親が毎回送り迎えをしてくれました。今思えば、かなりハードな生活でした。
塾に入る前は正直ついていけるか心配でした。なぜなら、それまでは外で遊んでばかりで、塾や習い事は一切していなかったからです。
しかし、結果的には授業に全然ついていけました。その理由は:
- 両親が毎週図書館から本を借りてくれていた
- 父が算数の問題集を買ってくれていた
- 昆虫や魚への興味から理科が楽しく学べた
- 星野村では星空が綺麗に見えるので、星座の内容も簡単だった
小5夏以降:独学での勉強
小学5年生の夏が終わり、両親の負担を考えて塾をやめることになりました。1年半、毎回往復2時間の送り迎えをしてくれた両親には本当に感謝しています。
塾をやめた後も、中学受験自体は諦めず、市販の参考書とZ会の通信教育で勉強を続けました。ただし、Z会は難しすぎて半分もできませんでした。
その代わり、次のような勉強法を取りました:
- 算数: テクニック本1冊を附設入試前日まで毎日読み込む
- 社会(歴史): 漫画『日本の歴史』を何度も読む
- 社会(地理): 姉の高校受験用参考書を活用
当時は今のように簡単に情報にアクセスできない時代でした。家にある本が全てだと思い、その限られた情報を完璧に暗記しようと努力しました。この「少ない情報を深く理解する」アプローチが、後に大きな力となりました。
小6の11月:塾へ再入塾
中学受験直前の小学6年生11月、再び塾に通うことにしました。目標は久留米大学附設中学校です。
最初の模試の判定は最悪でしたが、塾では見たことのない問題や知識に触れることができました。「井の中の蛙」状態でしたが、基礎が固まっていたおかげで、新しい知識をどんどん吸収でき、ぐんぐん成長することができました。
試練と合格
1月、附設の前に受けた弘学館と八女学院に合格しました。
しかし、附設入試の1週間前にインフルエンザに感染してしまいました。あの時は正直「もう駄目だ」と思いました。
それでも、死ぬ気で治そうと1日中寝て、2日で熱を下げることに成功。すぐに勉強を再開し、入試直前まで詰め込みました。
入試当日、体調は万全ではありませんでしたが、インフルエンザで何かが吹っ切れたのか、全然緊張しませんでした。なんとか全ての科目を解ききり、無事合格することができました。
振り返って
塾に通っていた人と比べると、勉強量も参考書の情報量も少なかったはずです。しかし、その少ない情報を信じて完璧に暗記したからこそ、基礎力が誰にも負けないくらいに固まったのだと思います。
自然の中で培った好奇心と体力、両親のサポート、そして限られた情報を深く学ぶ姿勢が、合格への道を開いてくれました。